べき論

「こうあるべき」と声を大きくする人が、「こうやりたい」を実施するのがいいと思う。

共感を交換する

誘われるタイプの異業種交流会と云われるものに参加することは、ほぼ無いと云っていい。

だが、昨夜はようやく一息つける時間ができたことや、特に誘われることもなかったということもあり、久しぶりに交流会的なものに参加してきた。

最近の傾向もあると思うが、零細経営者やフリーランスが中心になったビジネスライクな名刺交換会ではなく、異業種の人たちが共感を求めて集まっているという所がユニークに感じた。

一つの所へ向かうという選択と集中のバイアスが無いことが、多様な人の共感を交換を可能にしているような気がした。

比較したと云う事実が閾値を下げる

思いついたアイデアをそのまま説明しても、受け入れられる可能性は低い。

自分が気にいっているアイデアは、他人が気にいっていると思いがちだが、そのバイアスは大きく、人によって理解度や背景も大きく異なる。

他人に納得してもらうプロセスに不可欠なのは、客観的に比較してもらうプロセスを省略しないことだ。

結果的に結論が変わることが無いにせよ、比較検討したと云う事実がアイデアに対する抵抗感や、賛否の閾値を著しく下げる。

葛藤と混乱

新しいプロジェクトを開始すると、必ず紆余曲折のドラマが生まれる。

それは無意識レベルで困難に打ち勝つ物語を求めているに他ならない。寧ろ、葛藤と混乱を望んでいるといっても良い。

だが、その物語を時間の無駄と認識し、直線的に結論を求める人は多い。

自分の夢や希望に対する忍耐力があっても、他人の夢や希望に対する忍耐力があるとは限らない。

つまり、自己承認要求と自己顕示要求が短期的な結論を求めることになる。思考能力や決断力がある場合に陥りやすいことでもある。

自己投資へのリターン期待値

仕事にしても、趣味にしても、何らかの投資を行うことの意味は、自分の価値を上げることに他ならない。

いわば、自己投資は期待する変化を成し遂げることについての対価として支払うことだろう。

ただ、その支払いに自分が期待する変化を見込めない場合や、駆け引きがあったり、ダンピングがあったり、対外的な要素が生じると対価は複雑な市場価格に移行する。

また、得られる対価の期待値は、時間によって割り引かれることを忘れることが多い。多くの人にとって、一年後という時間は遥か永遠と感じる。

つまり、一年後の約束というものは、約束とは云えないだろう。